ダフ二

先日、田町にある『ダフ二』に、お邪魔しました。

(ここは、襟立さんという今は亡きコーヒー名人の、数少ないお弟子さんの一人
 業界では珍しい女焙煎師、桜井さんお店です。
 とんきちは『コーヒーに憑かれた男たち』という本から情報を得て、来店を決めたのでした。)

お店のたたずまいは、気合い満々の表通りの店、ではなく。
裏通りのしかし繁華な飲屋街を過ぎて、さらに奥の住宅街の一角。
自宅で趣味ででもやっているのだろうか?と言った風情の
商売っ気からは、少しかけ離れたような
でも、もしかしたなら専門店か?と思わせるような不思議な感じで、
おもてのピンクのテント地のひさしには、確かに『ダフニ』と書かれているのでした。

サッシ越しには麻袋や焙煎機も見えますし。
コーヒー豆のビンもひな壇に並んでいますから、
自家焙煎のお店なのは確かなようです。
さらに奥には喫茶のできる
テーブルも少しあるようです。

さて、
はやく仕事が終わってタクシーを飛ばしてきたものですから
時間は7時頃でしょうか。
サッシが開け放たれていて、
何となく、もう閉まりかけ?という感じでしたが
ちょっと勢いつけて入ってみました。

50過ぎたくらいでしょうか?
女性がいます。この方が多分、本で見た桜井さんです。

女 店主 『豆ですか? それとも、、、』
とんきち  『飲んでいきたいのですが、、、』
女 店主 (飲むの? もう閉店だし、片付けてしまったし、ううん、しょうがないなあ)
       『まあいいですよ、座ってください』

      『なににします?』

      『すみません、ブレンドで。』

一対一で、初対面で、ご自宅のような所ですから

      気まずいですよね。

お湯を沸かし直して、
豆を挽いて、
少し深目のお湯をさすと全体が丸く膨らむような感じのネルで
すこしあっさり目に入れています。

       沈黙が流れます。

カウンター越しには、
伝説の人、襟立さんの写真が飾られているのが見えます。
本で読んだ印象ではアップの大きな顔写真かと思っていたのですが、
実際の写真は
お店でポットを握ってコーヒーを入れている様子の上半身で
黒ぶち眼鏡でベレー帽のような物をかぶっていて
顔も小さくしか映っていないので
その人となりまでは、はかりかねるような写真でした。

       どうぞ

コーヒーが出てきます。

       沈黙が流れます。

こりゃあ、もうしょうがねえな。
という感じでしょうか。
切り出して、話をつなげるしかありませんね。
こういうときは。

とんきち  『本を読みまして!!』
女 店主  『あのー、、、、』
とんきち  『コーヒーに憑かれた男たち、です。』

表情が柔らかくなる女店主。
やや間があって。

女店主  『あの中で誰が一番印象に残っていますか?』

とんきち 『襟立さんという方は、いままで知らなかった物ですから、、、、』
     『写真が見れると思ってここに座りました。』

という訳で、
その後、襟立さんについて、
コーヒーについて、沢山の貴重なお話を聞くことができました。

桜井さん、
襟立コーヒーは、モカの標さんのコーヒーや倉敷珈琲館の物とも違う物です。
襟立さんのコーヒーは、標さんや倉敷さんのようにドッシリしたコーヒーではありません。
どちらかといえば軽い、すっと飲めて、いつの間にか飲みきっているようなコーヒーです。
そして、すぐにもう一杯欲しくなります。

桜井さん、
先日、ランブル関口さんのコーヒーを飲んでやっとわかりました。
関口さんのコーヒーを理解するのに30年かかったことになります。
襟立さんとの違いは、味覚の違いでした。
例えるなら料理における関西のダシと関東のダシの違いのような物です。
育った環境によって味覚の範囲が全然違うのだと感じました。

桜井さん、
私にだって30年かかったのですから
味のわからない物を無理してありがたがることはないのです。
ランブルのカウンターで味がわからなかったら、
すみませんと言って、砂糖を入れればいいんです。
自分の味覚を信じる事です。

桜井さん、
私がコーヒーを習ったときは
そんなすごい先生だとは知りませんでした。
ただ、こんなにおいしいコーヒーを作る人ならと思い
習っただけです。

襟立さん曰く、
『西洋人にはない味覚、日本人にしかわからない”うま味”を出しなさい。
酸味でも、甘みでもなく”うま味”!!』

襟立さん曰く、
『プロは、そこそこの味でもいいから、いつでも同じレベルで出せる事が肝心だ。』

襟立さん曰く、
『一度売った豆はどのように扱われているかわからないのだから、
最初から、どのように扱われてもいいような豆を作りなさい。
例えば、砂糖を入れられようが、ミルクを入れられようが
それに負けるようなコーヒーではいけない。
もしかしたら、すぐに飲まずに一ヶ月後二か月後に飲むかもしれない。
そのときに油まみれでとても飲めないような物になっていてはいけない。
一ヶ月経っても、二ヶ月経ってもそれなりに飲めるコーヒーでなくてはいけない。』

桜井さん、
本に自分の事が載ってからやっと吹っ切れることができた。
自信を持って豆を売ることができるようになってきた。


とんきち、
そんなあっさりしたコーヒーで、砂糖にもミルクにも負けない物があるのだろうか?
透明で、きれいな、それでいて深みのある、味覚の幅の広い、旨味のコーヒー。
ぜひ一度飲んでみたい物だ。

もう、
襟立さんはこの世にいないのですから
それは叶わぬ願いである訳です。

しかし、そういいながら
飲んでいるダフニのブレンドは
あっさりしているのに香ばしさが口中に広がり
甘みのような旨味の感じられる
もう一杯飲みたくなるようなコーヒーなのでした。

一時間ぐらいたったでしょうか、
500円を払い。
お礼を言って
お店を出てきました。





 
by tonnkiti2002 | 2005-10-16 00:05 | お店 | Comments(2)
Commented by sheaf at 2005-11-17 18:04
今までこのエントリに気づいてませんでした。ダフニは僕も是非とも行きたいお店ですが、まだ果たしていません。桜井さんの言われる

>標さんや倉敷さんのようにドッシリしたコーヒーではありません。

というのを読んで『銀座カフェ・ド・ランブル物語』での山田さんの「僕の珈琲はもかの標さんや森尻さんの珈琲とは対極にあると思う」というのを思い出しました。もしかして、襟立さんの珈琲と移山房の珈琲は似ていたのかもしれないですね。

遥かに遠く及ばないものの、僕が目指すところの珈琲も、はじめは「もか」のどっしりとした珈琲から、現在では移山房的な、あっさりしているけれど、記憶の中で美味しさが増していくタイプのものへと嗜好が変化しつつあります。
Commented by tonnkiti2002 at 2005-11-17 19:23
sheafさん
おー。気づいてくれましたか。よかった。
結構気に入っているんです。このはなし。襟立サンのいない寂しさと
桜井さんの情熱が少しは出せたのかなと思っています。

「もか」がどんな珈琲だったのか、とんきちはずーっとまえに2・3回飲んだだけですから、実はあまり覚えていないんです。(前行った時は店で飲めたと思います。)ですから「対極」と言うのが、いまいちピンとこないのです。今度もう一回行ってきます。
それにしても、襟立コーヒーがそんなあっさり系っだったとは、以外でした。聞いてみないことにはわからないものです。

>記憶の中で美味しさが増していくタイプ
いいですね。
きれいなコーヒーにあこがれます。移山房はとてもきれいな珈琲でした。


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