blendブレンド(雑誌)

a0042726_2233214.jpg月刊喫茶店経営別冊『blendブレンド—No.1』1982
㈱柴田書店

1982年ですから、25年前ということになるんですね。当時とんきちは上京したての大学1年生だったのです。月日の流れるのは早いものです。
そのころ通い始めていた「ランブル」のレジの所に、新しい雑誌の宣伝パンフレットが置いてあったのがこの雑誌『blend』でした。
発売と同時に買って、以後とんきちのコーヒー生活のバイブルのようになってしまったんですね。二十年ぶりくらいに読み返してみるのですが、懐かしいの一言です。





通い始めたばかりの「ランブル」が、大きく取り上げられているのが、うれしかったのを覚えています。まだまだ若いベレー帽の関口氏と和田コーヒーのオヤジさんが出ています。
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当時画期的だと思ったのが、生豆の紹介と欠点豆の写真。それから8段階の焙煎基準の写真。
一はぜ、二はぜ。という言葉。シティ、フルシティなどの言い方が、この雑誌を境にして急速に一般化したような気がします。
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それからなんと言ったって、手網焙煎の手順の紹介は、決定的でした。
とんきちなどは、もう早速、ここで紹介されている新宿の『ヤマモトコーヒー』にいって、焙煎網と当時珍しかった生豆を仕入れて、始めちゃいましたもんね。手網焙煎。
今のようにネットがある訳でもなし。この雑誌を唯一の手がかりにして、孤独な、そしてかっこいい?、焙煎生活が始まるのでしたね。25年前。
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『ヤマモトコーヒー』は早くからホームローストを提唱し、いろいろな道具をそろえ、普及を図っていたようです。当時からずっとお世話になっています。代替わりをされたようで息子さん?ががんばっていらっしゃいます。ここには先代の姿がちょっと映っています。



それからすごかったのは「全国珈琲屋171選」という企画です。
実際に飲み歩きをしたらしく、相当の情報量が詰まっていました。

これです。
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よーくみると、今は亡きランブルのママさんがコーヒー入れてんですよね。懐かしいです。
もう一回言いますが当時はネットなんてないんですよ。やっとワープロが出始めの頃です。
スタバもありません。ドトールもまだ出てません。スペシャリティーももちろんありません。

この企画を参考に、とんきちが実際行ってみたコーヒー店は、これです。
小樽『光』戦前の珈琲、煎りの深い日本風ヨーロピアン
仙台『エスペロ』怪しげな、趣味の店
仙台『カフェ・プロコプ』東北のランブル
仙台『リンデンバウム』カッチョ良いセンス抜群な店
銀座一丁目『ベシェ珈琲店』今のベシェの前の店
青山『珈琲ダボス』もうなくなったのでは
青山『大坊珈琲店』今と寸分変わらない、カウンターがもう少し平らだったかも
本郷『和田珈琲店』浅煎りの名店
台東区『珈琲屋バッハ』名前が変わっている。店の周りは寂しく荒んでいた。
世田谷区『NIZAN』おしゃれ。今風のカフェの先取り
全然かわらない店や、その後どんどん名店になっていった店や、もうやっていない店などいろいろあって、感慨深いものがあります。

読み返して気がついたのですが、

杉並区『高円寺十一房』の所には、このような事が書かれています。

十一房と書いて”じゅういちぼう”と呼ぶ。高円寺南口から、うまい具合に歩くと5分でたどりつく。昨年11月の開店だから、この雑誌が店頭に並ぶ頃は、ちょうど一周年を迎えていることになる。「コーヒーに忠実に、ごく当たり前のことをやっています」という店主の山田幸男さん。
「できるだけ純粋な形でコーヒーをサービスしたい」と、店の作りもごたごたした感じではなく、すっきりと整っている.カウンター越しに,ていねいにネルドリップで抽出する山田さんの手つきを眺めながら、深煎りのコーヒーを飲むと、なるほどコーヒーというのはシンプルな味なのかもしれないと思えてくる。ブレンド300円。バランスも整い、通いつめてみたくなる味だ。

とんきちは、行ってないんですね。『高円寺十一房』。
『移山房』を最後に山田さんのコーヒーが飲めなくなっていますから、
いま気づいたんですが、行っておくべきでした。ああ残念。


その後、雑誌ブレンドは、No.2が出て終わりとなります。

思い出の雑誌でした。
by tonnkiti2002 | 2005-10-21 00:04 | | Comments(0)


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