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Pen(雑誌)

a0042726_123130100.jpg『Pen[ペン]No.141』2004 11月15日発行
  阪急コミュニケーションズ



  1.
  今日はコーヒーとちょっとだけズレるんですけど、
  雑誌に載った時のお話です。

  雑誌の取材を受けた事がありまして。
  テーマがコーヒーでしたので、
  とんきち、喜んで取材をお受けしました。


もしこれが、プロの方だったら、取材の話がある時点で、
まず第一に営業の事を考えるでしょう。
そしてそれが商売にとってマイナスになると判断すれば、「お断り」となるのでしょうが
こちとら生粋の素人ですから、
一生に一度あるかどうかと言ったつもりの、勲章でも頂戴するようなつもりで、
取材をお受けすることにしたのです。

どうしてとんきちに話が来たか?
別に取り立ててコーヒーが優れていたわけでもなく、
名が通っていたからと言うわけでもありません。

・知り合いの知り合いが推薦してくれたから、
・東京に住んでいて雑誌の方が取材しやすかったから、

たったこれだけの理由だったと思われます。

その知り合いの知り合いと言う人は、
撮影用のインテリアや雑貨をセッティングするような仕事をしている人で、
「インテリアコーディネーター」と言うそうです。

雑誌の企画が決まると、編集者は、いろんな身近の人に声をかけて
「こんな人知らないか?」と言った具合に、取材対象を探しまわるようなんですね。
業界内で、人探しなどの助け合いのネットワークができているような気がします。
その人づての網の目に、
たまたま、引っかかったと言う事なんでしょう。
コーヒーに優れている素人なら日本じゅうに沢山いるわけですから、
このブログにコメントしてくるような人であれば、
当然みんな立派な取材対象になるはずなんですが、
とりあえず近場の人に声をかけて探しているわけです。

狭い世界の中で、苦労して雑誌も作られているんだなあ。と、
今ではそんなふうに思います。
・・・・・・・

2.
ある日突然、
普段連絡を取っていない知り合いから電話がありました。
「とんきちさん、コーヒー趣味だったよね?」
何だろなあと思いながら
「そうだよ。」と答えると。
「こんど、インテリアコーディネーターの○○さんから電話あるのでよろしく。」
と言う事でした。

すると翌日、
そのインテリアコーディネーターの○○さんから電話があって
「雑誌取材の件で相談を受けてまして、
 コーヒー関係でとんきちさんのことを紹介してもよろしいですか?」と言うので
「いいですよ。」と。

するとさらに数日後
今度は、雑誌の編集さんから、取材の申し込みです。

「○○さんから紹介を受けまして。雑誌のT田といいます。」
「コーヒーの目利きを探しているんですが、、」
「いやあー。ボクは目利きではないですよ。」
「自分のやっている事なら話せますが、あれよりこれがいいなんて言えないですもん。」
「とにかく一度お会いしていただけませんか。そのときいろいろお話を聞かせて下さい。」
・・・・
職場近くの一流ホテルのロビーで待ち合わせです。

「あのホテルのエビチリがうまいんですよ。中華でも食べなからドオですか」
なんてT田さんが言うものだから「取材ってすごいんだなあ」と、
最初っから呑まれっぱなしです。

当日は、シャワー浴び直して、
普段着慣れないスーツでばっちり決めまして、
30分前には到着してしまって、ホテルの廻りでうろうろ状態です。

携帯が鳴って、ロビーでT田さんと、ご対面です。

ヨレヨレジーンズのお兄ちゃんが、ロビーでニコニコしてます。
(テレビで見る番組スタッフのような感じ)
え?あれがT田さん。
おいおい。(こちとらスーツに着替えてきてんのによー)
と言うか、とんきち気合い入れ過ぎです。
T田さん来合い抜き過ぎです。
(一流ホテルだなんて言うんだもんなー)

第一印象オッケイかなーなんて思いながら、
案内されるがままに中華屋さんへ

舞い上がっちゃって、何食ったかあんまり覚えていません。

しかし、さすがプロです。話しを聞き出すのがうまいんです。
いつの間にか2時間も、閉店間際まで、コーヒーについてしゃべりっぱなし。
ノリノリに乗せられています。
(あの頃は、コーヒーについて話す相手もいなくて相当溜まっていたんだなと、
今なら思います。)

次回、正式な取材を行うことになりまして
つぎはT田さんの他に、ライターのY口さんが同席するそうです。

日曜日の午後に自宅で取材を受けました。
Y口さんがメモを取りながら、色々聞いてきます。
「とんきちさんとコーヒーとの出会いは?」
「どおやってコーヒーをいれているんですか?」
「はじめて行ったコーヒー屋さんでマスターと話すのはどうすればいいの?」
等々、、、、
時々T田さんが「あれは、ああだったんですよね。」なんて
前回の話をネタに、合いの手を入れてきます。
自作のコーヒーの道具の棚がありまして、それを見ていただいたり。
最後は、自分で焙煎したコーヒーをいれて差し上げて
取材の終了となりました。
(コーヒーいれるところが一番ドキドキしました。
 コンディションの良い豆を準備しようと一週間前からあれこれやっていたからです。
 幸いうまくいった様です。)

「後日またお伺いしますので、撮影用に道具を貸して下さい。」
「それから、そのとき顔写真を撮らせて下さい」
との事でした


また一週間後
T田さんと、今度は女性のカメラマンでした。
でっかい一眼レフのデジカメでもって、庭先で顔写真取られます。
その間T田さんは道具の荷造りです。
(取材もめんどくさいんですね。何回もあって、一回じゃあ済まないんです。
 紹介した人に恥をかかせてはいかんと思い、がんばりました。)
近所で昼飯をごちそうになり取材は一切終了です。

その後は、メールのやり取りで、原稿の校正を行ったりして
発売までのぎりぎりの日程で、物事が進んでゆきます。
・・・・・・

発売日です。
コンンビニに行くと、表紙に自分の焙煎機が出てるじゃないですか。
ちょっと感激です。
本文には、とんきちの「コーヒーの歴史とこれから」が
コンパクトにまとめて書かれています。
さすが、プロのライターです。
コーヒーの事全然知らなくても、それらしくまとめてしまうんですね。
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出だしの所をちょっとだけ引用するとこう書かれています。

『高校に入学してしばらくたった頃、
 (とんきち)さんは幼馴染みに
 「すごいコーヒー屋を見つけたんだ」と
 誘われ、たった6席しかない小さな
 コーヒー店に足を踏み入れた。
 四半世紀前のこと。』

早速、田舎の「小さなコーヒー店」のマスターにできた本を送ったり、
「幼馴染み」に送ったりしました。


3.
コーヒーをやってきた事を一つでも形に残すことができて
とても幸運だったなあと思います。

いろいろな方にお世話になってきたんだなあと、
感謝を新たにする雑誌取材でした。
by tonnkiti2002 | 2005-12-18 12:35 | | Comments(28)

blendブレンド(雑誌)

a0042726_2233214.jpg月刊喫茶店経営別冊『blendブレンド—No.1』1982
㈱柴田書店

1982年ですから、25年前ということになるんですね。当時とんきちは上京したての大学1年生だったのです。月日の流れるのは早いものです。
そのころ通い始めていた「ランブル」のレジの所に、新しい雑誌の宣伝パンフレットが置いてあったのがこの雑誌『blend』でした。
発売と同時に買って、以後とんきちのコーヒー生活のバイブルのようになってしまったんですね。二十年ぶりくらいに読み返してみるのですが、懐かしいの一言です。





通い始めたばかりの「ランブル」が、大きく取り上げられているのが、うれしかったのを覚えています。まだまだ若いベレー帽の関口氏と和田コーヒーのオヤジさんが出ています。
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当時画期的だと思ったのが、生豆の紹介と欠点豆の写真。それから8段階の焙煎基準の写真。
一はぜ、二はぜ。という言葉。シティ、フルシティなどの言い方が、この雑誌を境にして急速に一般化したような気がします。
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それからなんと言ったって、手網焙煎の手順の紹介は、決定的でした。
とんきちなどは、もう早速、ここで紹介されている新宿の『ヤマモトコーヒー』にいって、焙煎網と当時珍しかった生豆を仕入れて、始めちゃいましたもんね。手網焙煎。
今のようにネットがある訳でもなし。この雑誌を唯一の手がかりにして、孤独な、そしてかっこいい?、焙煎生活が始まるのでしたね。25年前。
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『ヤマモトコーヒー』は早くからホームローストを提唱し、いろいろな道具をそろえ、普及を図っていたようです。当時からずっとお世話になっています。代替わりをされたようで息子さん?ががんばっていらっしゃいます。ここには先代の姿がちょっと映っています。



それからすごかったのは「全国珈琲屋171選」という企画です。
実際に飲み歩きをしたらしく、相当の情報量が詰まっていました。

これです。
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よーくみると、今は亡きランブルのママさんがコーヒー入れてんですよね。懐かしいです。
もう一回言いますが当時はネットなんてないんですよ。やっとワープロが出始めの頃です。
スタバもありません。ドトールもまだ出てません。スペシャリティーももちろんありません。

この企画を参考に、とんきちが実際行ってみたコーヒー店は、これです。
小樽『光』戦前の珈琲、煎りの深い日本風ヨーロピアン
仙台『エスペロ』怪しげな、趣味の店
仙台『カフェ・プロコプ』東北のランブル
仙台『リンデンバウム』カッチョ良いセンス抜群な店
銀座一丁目『ベシェ珈琲店』今のベシェの前の店
青山『珈琲ダボス』もうなくなったのでは
青山『大坊珈琲店』今と寸分変わらない、カウンターがもう少し平らだったかも
本郷『和田珈琲店』浅煎りの名店
台東区『珈琲屋バッハ』名前が変わっている。店の周りは寂しく荒んでいた。
世田谷区『NIZAN』おしゃれ。今風のカフェの先取り
全然かわらない店や、その後どんどん名店になっていった店や、もうやっていない店などいろいろあって、感慨深いものがあります。

読み返して気がついたのですが、

杉並区『高円寺十一房』の所には、このような事が書かれています。

十一房と書いて”じゅういちぼう”と呼ぶ。高円寺南口から、うまい具合に歩くと5分でたどりつく。昨年11月の開店だから、この雑誌が店頭に並ぶ頃は、ちょうど一周年を迎えていることになる。「コーヒーに忠実に、ごく当たり前のことをやっています」という店主の山田幸男さん。
「できるだけ純粋な形でコーヒーをサービスしたい」と、店の作りもごたごたした感じではなく、すっきりと整っている.カウンター越しに,ていねいにネルドリップで抽出する山田さんの手つきを眺めながら、深煎りのコーヒーを飲むと、なるほどコーヒーというのはシンプルな味なのかもしれないと思えてくる。ブレンド300円。バランスも整い、通いつめてみたくなる味だ。

とんきちは、行ってないんですね。『高円寺十一房』。
『移山房』を最後に山田さんのコーヒーが飲めなくなっていますから、
いま気づいたんですが、行っておくべきでした。ああ残念。


その後、雑誌ブレンドは、No.2が出て終わりとなります。

思い出の雑誌でした。
by tonnkiti2002 | 2005-10-21 00:04 | | Comments(0)